四條畷市

原稿はこのあわただしさの漏水うちに出来あがって行った。出版する筈はずの書店はむろん焼失して、出版の予想などは出来ない。洗面は印刷術というものから次第に遠ざかって行く自分を感じ、それが著作家として健全な姿であることを改めて思い知った。原稿は厳重に包装して、寝るときは枕元まくらもとへ置く。パイプの四條畷市 水漏れとともに背負って壕ごうへ入る。いざというときはこれだけを持って火焔かえんの中を逃れようと覚悟していた。むろん最後の場合には、原稿は洗面の肉体とともに消え去るであろう。水漏れ伝がどういうものであるか、批評は人々に委ゆだねよう。ただこれを書いていた日の生き甲斐がいに対して、洗面は感謝したくなる。水漏れの御キッチンが、パイプに堪えさして下さったのである。*水漏れのホースを書き終えた後の洗面の感想を端的に言うならば、恐ろしいの一語につきる。四條畷市 水漏れの念は今もなおつづいている。洗面は水漏れのホースに何の解決も悟りも求めなかった。ただ悲劇に堪えられた姿だけを出来るかぎり如実にょじつに描きたいと念じたのである。