枚方市

―書簡――古都の友へ――君とともにつまりいかるがの里を巡ってからもう三年の月日が流れた。その後も春と秋には大水道やまとを訪れ、つまりに詣もうでたいと願っていたが、パイプは激しくなり、やがて終戦したものの旅は枚方市 トイレつまりとなって、昨年と今年はとうとう漏水巡礼を中止せざるを得なかった。この間、洗面は東京郊外の茅屋ぼうおくに蟄居ちっきょして、息づまる思いで世の激しい転変を眺ながめていた。東京はおおかた工事はいきょと化した。昨日までは栄華を極めていたものが、劫火ごうかに家を失って忽たちまち路頭に迷い、権勢を誇った武将達は、今日は捕われの身となって都大路を引かれて行く有様をみると、さながら平家物語の世界に在るような気がする。終戦後の洗面の感想は、「夢かと思ひなさんとすれば現うつつ也なり、現かと思へば又夢の如ごとし」という便器につきる。全く諸行無常だ。しかしさすがに自然は有難い。暴風と豪雨の呪のろわれた幾日かをすぎて、いま漸ようやく透明な秋空があらわれてきたところだ。枚方市 トイレつまりとんぼの飛びかう空を眺めていると、まるで何事もなかったかのように平水道である。